道徳教育

道徳教育の荒廃が懸念されて久しい。

個人主義や個人の権利主張の偏重による個人の義務の軽視、実力主義の偏重による長幼の序や年功の軽視等、従来日本人が大切にしてきた精神が軽んじられてその独特の日本文化の美しさが損なわれて久しく感じられる。

合気道には武道や茶道、華道、書道、剣道、空手道、柔道と同じく「道」と言う文字がつく。「道」とはどのような意味なのであろうか。

これまでの経験から、それはそれぞれ修行するカテゴリーや種目は違えども、人生そのものやあるいはその指針となる筋道を学び取ろうという事を表した文字なのではなかろうか。

であるならば、「道」と言う漢字を用いた「合気道」であるかぎり、単に合気道の技を身に付けると言う事に汲々とするだけではなく、開祖が「合気道」を通じて広めようとされたその「心」や「精神」を汲み取ろうとする努力が必要である。単に技を学び取るだけでよいのであれば「合気術」でよかったはずである。後進である我々は、最終的に「合気道」と命名された開祖や吉祥丸二代目道主のその心を知るべきであろう。

「徒に争わない心」「至誠の心」「眞武の心」「天の浮き橋に立つ心」「正勝吾勝勝速日」等のお言葉や各種の道歌の研究も大切である。

合気道を通じて本来の日本人の美しい精神を学び取り、その美しさ、尊さにおいて世界に冠する日本の心を取り戻せれば幸甚である。

先ずは、自らの道場「眞武館」から始めたい。技と共に、精神も学べる場と出来るよう自らの研鑽に勤めたい。

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