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本日は、合気道至誠館市役所道場での稽古日でした。

昨夜、関大総合情報学部(高槻キャンパス)の四年生の方から体験稽古希望の連絡を頂き、本日お出でいただいたのですが、お住まいの場所等をお聞きいたしておりますと、以前の私の自宅のご近所。学校区が同じと言うことが分かり、大学の四年生と言うことで、私の二男と同級生と言うことが分かりました。

帰宅して二男に聞きますと小学校から中学まで同じ学校で、特に小学生の時は仲良くさせていただいていたとの事。

このブログを見て頂いている皆さんは既にご存知かと思われますが、眞武館を始めてからこの様なことが頻繁に起こっております。本当に世間は狭いものです。会社でも、横浜の地に赴任していた新入社員の頃に住んでいた大きな公団住宅の同じ団地内に実家がある部下がおり、どうやら新入社員の私と中学生の彼の生活領域が似ており、同じ床屋で髪を切り、同じ食堂で外食をしていたようです。ひょっとして同じ床屋の隣の席に座っていたかもしれません。

今日はニューヨーカーのサイモンとも色々会話させて頂きました。将来日本人は純粋な日本人は居なくなり、混血ばかりになるとの事でした。アメリカでも純粋なアフリカ系アメリカ人は見たことが無いそうです。

今は勤務する私学の高校が夏休み中で生徒が居ないにもかかわらず、毎日出勤しなくてはならず、日本人の先生方は四六時中ミーティングを行っているのに、サイモンはすることも無く8時間座っているばかりで大変なのだそうです。運動不足ですぐに太るので合気道の稽古は欠かせないとの事です。健康維持に役立っているのであればうれしい限りです。

今日も七番弟子のT尾さんが出稽古に来てくれていました。彼も健康が回復して何よりです。眞武館の「剣化剣光を放て」と言う教えは、漢字を変えれば「剣化健康を放て」に通じます。「剣化剣光」を放つ為にも健康に十分注意していきたいと思います。

(2011年の本日までの稽古時間/稽古日数=296時間/141日)

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本日は合気道至誠館市役所道場での稽古日でした。

昨日8月1日月曜日が島本町立体育館の休館日であった為、眞武館の稽古がお休みでしたので本日の至誠館の稽古に眞武館から二番弟子S木さんと七番弟子T尾さんが出稽古に来られました。

また、(財)大阪合気会指導者稽古や合宿、合同稽古でいつもお世話になっております枚方無心館道場の永瀬先生からご紹介いただいたG藤さんが体験稽古に来て頂けました。お仕事のご都合で無心塾の稽古日にスケジュールが合わなくなり火曜日の至誠館に移られるとの事でした。また、お一人仲間が増えました。

夜の幹部会は居酒屋「居心伝」で10名もの大人数での懇親会となりました。今日のお酒の肴となるお料理は私の好物ばかりで門川師範からも「聞いていたら、好きなものしかないみたいやな」と仰って頂けるほどでした。

幼い頃に食べず嫌いで好き嫌いが激しく、父の実家に帰省したり淡路島旅行で海の幸尽くしの料理が出たりした時は食べられるものが無く、空腹で倒れた過去の記憶がうその様に、20歳代半ば過ぎからは殆ど食べられないもの、嫌いなものがなくなりました。あれだけいやであった肴も鮎の塩焼き等は頭から丸かぶりも出来るようになりました。魚料理は本当に好きになりました。何故あれだけいやであったのかも不思議でなりません。食わず嫌いの方を見ると人生で大きな損をされておられると心から思う今日この頃です。

楽しく飲み食いし、会話も弾んで解散となりました。

(2011年の本日までの稽古時間/稽古日数=294時間/140日)

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先日は、コミュニケーション能力について正論と喜怒哀楽から記述してみたが、コミュニケーション能力と似たような能力にプレゼンテーション能力と言うものが有る様に思う。

私の仕事は、この二つの能力が非常に大切であると考えており、部下起用については、この二つの能力を重視している。また、機会がある都度、この能力の大切さを説き、能力を養う様に指導している。

このプレゼン能力を発揮する機会であった本日の大切な会議で、慢心と油断から来る隙を見せてしまい、手塩に掛けたつもりの企画が経営層より差し戻されてしまった。企画に対する経営層の評価は的を得ており、自分が慢心して細かい配慮が欠けていた事を痛感し、非常に恥ずかしいと思った。

部署に戻って、一緒に企画を練ってきた部下達に顛末を話し、指摘事項に全く気付かなかった自分の情けなさを詫びると同時に、同じ轍を踏まない様に新たな挑戦の道を示して指示を行った。また、同時に上長である役員の元へも参り、恥をかかせた自分のふがいなさを詫び、対応策として先の部下への指示を報告させていただいた。

慢心や油断は色々な要素で自己の中から知らぬ間に生じてくる。自分自身ではなかなか気付かないものなので、身近な方にたまに叱られたり今回のような失敗を繰り返すことで隙を無くして行く事が出来る。

道場では、よく学生や後進の門下生の隙を突いて「隙だらけやぞ」と指摘しているのだが、慢心と油断と言う自分の中に潜む大敵は道場の中だけではなく普段の生活の中にも潜んでいる。特に仕事の場では対価を頂いているプロなのであるから、より気を張らなければならない。

隙を作るか作らないかと言う事もやはり、仕事や周辺の方々への深い配慮が大切である。自分のやりたいこと主張したいことのみに気を集中しすぎると隙が生まれる。今回も同じ企画を進める部下達と「いけいけ」で企画書を練り上げ、第三者の立場で冷静に企画書を眺める慎重さに欠けていた。「いけいけ」の状況が慢心を呼び、油断を生じさせる。

「いけいけ」な時ほど慎重に、冷静に、第三者の立場で客観的に自己の周りを見つめるべきだ。

「同じ轍は踏まない」

自分に言い聞かせたい。

今日は、島本町立体育館が休館日であったので合気道の稽古が無かった。
月曜に稽古が無いと一週間の始まりだという気がしない。明日の至誠館市役所道場で二日分の汗を流したい。

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本日は朝から高槻市立芝生体育館での市民公開合気道教室の稽古と夕方からの島本町立体育館での武器技講習会の指導でした。

朝から激しい通り雨が降っては晴れ間が見えると言う事の繰り返しで、テレビでの天気予報でもお昼ごろも激しい雨との事でしたのでバイクライディングをあきらめて自家用車で芝生体育館まで参りました。

40度近い熱気の芝生体育館の中、道着も汗でずぶぬれになりながらお昼までの稽古を終えて、自宅で家内が出勤前に事前準備しておいてくれたお昼ご飯の冷麺を食べました。かなり量が多く食べきれないほどでしたが味はなかなか美味でおいしくいただけました。バイトに行く前の次男も珍しいことに食べきれないといっておりましたのでかなり量が多かったのでしょう。食事後にシャワーを浴びて午後の一時を門下生の出欠簿や昇級時期の確認、稽古代の記帳などにあてがいました。

夕方は、6時から稽古開始でしたので5時に自宅をMPVで出ましたが、この時間帯は結構渋滞が多く、片道20分くらいのところを45分掛けて到着しました。

今日は二階の剣道場での稽古でしたが、この季節の6時と言う時間帯は西日が強く、体育館は情け容赦無い日差しで熱気をはらんでいます。ただ、今日は二階だったので風通しがよく、カーテンを閉めて何とかしのげました。今年から設置された扇風機も大活躍です。

今日も杖回しや素振りの基本動作の履修に時間を掛けましたが、やはり3時間と言う長時間稽古ですと、稽古開始時点と終了時点では、素振り動作一つとっても上達振りが手に取るように分かります。

今日の稽古には、二番弟子S木さん、七番弟子T尾さん、十一番弟子U城さん、至誠館のS木さんが参加されました。

今日は道着二着がびしょぬれになりましたが、明日は稽古が無く、月曜日も島本町立体育館の休館日ですので道着の洗濯に困ることはありません。さて、体重はどれほど減量できたのでしょうか?

体重計に乗るのが楽しみです。

事務連絡:8月の武器技講習会の日程を「お知らせ」のページにアップしました。

(2011年の本日までの稽古時間/稽古日数=292時間/139日)

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私は、結構喜怒哀楽が表面に出やすいたちである。

以前癇癪持ちについて書いたが、これも怒りが非常にわかりやすい形で外に出たものである。
喜怒哀楽は安易に表に出して良いものと、出さないほうがよいものがあるとおもう。
先の怒りは出来れば内なるものに控えたほうが良い。その修行を日々続けているのが現状である。

怒り以外の喜びや哀しみ、楽しみ等は表に現してもよいものだとは思うが、例え喜びであっても、それを表に出す場合はTPOがある。それがエチケットと言うものであり、エチケットと言うものは相手や周りへの心配りである。

また、良く「正論を述べよ」と言うことが言われるが、これについても何が何でも、どんな時も正論を述べればよいというわけではないと思う。やはりTPOがあり、状況に応じた相手や周りへの配慮が必要である。「正論」は非常に強力で相手に有無を言わさない強さがある反面、正論で論破された相手は二の句が告げられず圧迫感を感じることが多い。相手への逃げ場を封じ込めてしまう最終兵器である。それだけに正論を振りかざして強い語調で論破をよくされる方は嫌われ者が多い。私の業界だと、よく例えられるのが初心者のパソコン等の設定に関する質問に「先ず、マニュアルを読んでから質問しろ」といった上から目線の正論による回答例である。このフレーズを使われると初心者は何も聞けなくなり、コミュニケーションの道を失うことが多い。この回答のやり取りを見た他の初心者も萎縮し風通しの悪い雰囲気を構築する原因になる。

これは簡単な例であるが、正論を述べるということはそのようなリスクを孕んでいる事を理解すべきであり、正論で論破することを得意とするものは、そのことに気付かれない方が多い。正論を述べているのであるから自分のどこが悪いのだという正論を述べられることが多いものだ。

私は正論は常に腹の中に持つ必要があるものであり、その正論へいかに相手を導くかがコミュニケーション能力の高さの評価の基準となるように思う。つまり、単に「正論」を発して相手を論破することだけに汲々としている者は、実はコミュニケーション能力が不足していると思われる。

正論を直接的に相手にぶつけることは合気道の技を施す時に、真正面に力をぶつける行いと同じ様に思える。ぶつからない動作が大事である。相手とぶつからず和合していかに導くのか、コミュニケーションの基本も同じと思える。

何故この様なことを書くのかと言うと、今日とある事である方にお願い事をしたのですが、理由があるのでしょうが、頭から怒りの感情むき出しで正論にならない正論を大声で二の句を告げさせない勢いでたたきつけられたからです。、お願いされた依頼主も、仲を取り持った私もあきれ返ってしまいました。

断られてもやむを得ない依頼事でしたが、そのような感情むき出しで正論を述べて拒絶するような事でもなく、断るにしても穏やかに話せば済む話でした。人間の気品の高低はこの様なコミュニケーションの際に現れます。品格とでも申すのでしょうか、上品な会話を楽しみたいと心から思った瞬間となりました。

反面教師と言う言葉があります。今日の参加者の大半が正論者に対して疑問を持ち、困り果てていました。この様な評価を抱かれないよう隙の無い会話を身に付けたいと思います。合気道はそのような時にも実践できるのではないでしょうか。

また、自分が信じる正論は、時や場合によって間違えていることも多々あります。正論だと思っていても相手の言い分もよく聞き、間違えに気付いた時はいつでも潔くその論を撤退させる勇気と度量の大きさも必要です。

徒に「正論」を振りかざす方は、度量が狭いと評価されることが多いことも事実だと思います。わが身を振り返って身を正したい経験でした。