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本日は、お昼休みまで仕事をして、中途外出で母の主治医の説明を聞きに病院に参りました。
JR高槻駅前の吉野家で牛丼を食して昼食としたのですが、病院に早く到着し過ぎたので病院の前にあるマクドナルドで時間を潰しました。マクドナルドはソフトバンクのモバイルポイントになっているのでiPhoneでネットサーフィンをして時間を潰して約束時間の15分前に病院に参りました。

主治医のお話では、今回の脳梗塞は一応安定した様でこれ以上はすぐには酷くは成らないとの事。

ただ、今回脳梗塞が起こった部分は脳幹の重要な部分であり、MRIの画像からの判断では、今の母の様に意識があり、しゃべれるのは奇跡に近く、医者としては不思議な状況であるとの事でした。

脳幹の右側が大きく脳梗塞を起こしたので左半身は完全に不随となったとの事。食事の能力は今後回復しない可能性が強く流動食を入れる栄養管は長期に外せない事。そのため、通常は三ヶ月ほど鼻から管を入れてそれからどうするかを判断するが、80歳と言う高齢である事と、脳梗塞の治療が不可能である事から直ぐにお腹から直接胃に管を入れる手術をした方が本人も楽に成るとの事でした。

鼻からの栄養管は、どうしても喋りづらい事と、鼻腔が管で塞がるので口で息をする事から、これからの季節は風邪の菌などに喉が感染する可能性も高くなると言うのも理由の一つでした。

母に、栄養管が入っていても喋りづらいけど話は出来るそうだと、主治医から聞いたばかりの説明をすると、二日間喋らなかった母が喋りだしたのには驚かされました。怖がりの母は、喉の違和感で喋れないものだと信じきっていた様です。

栄養管装着手術の話にはものすごく反応して、やめて欲しいと身振り手振りも加えて訴えていたが、簡単な局部麻酔の手術である事や前述の理由を説明して納得してもらった。

母がこのような重症の脳梗塞の中、これ程状況把握をして意思表示が出来る事は、先の主治医の先生の話だと驚くべき事の様だ。不規則に眠ったり、意識が混濁するのも脳幹の前部にある意識をつかさどる部分への血流が良くなったり悪くなったりしている事を示していると言う事で説明がつくそうである。

この先は、症状が落ち着いたところで特老に帰れるかどうかが心配なところなのでこの点も確認したが、栄養チューブは医療行為を伴うので特老によって対応が出来るかどうかが異なるとの事で、診療所併設の母の特老は、受け入れてくれる可能性が高いとの事であった。いずれにしても確認する必要がある。特老がだめな場合は、病院に長期入院することになるそうで、これも受け入れ先を探す必要があるとの事。まだまだ、乗り越えなくてはならない障害があるようだ。

母に、主治医の説明を簡単に伝え、この日の午前中に抜かれた奥歯が痛まないか確認して、一度会社に戻り、夕方6時からまた看護に訪れた。夕方には、二男が尋ねてきており、入れ替わりに帰宅させ、主治医の話をもう一度時間をかけて話した。抜かれた歯の痕は痛まなくなったとの事だが、全身をマッサージしてあげると安心して寝入った。

そこに家内が迎えに来てくれたので、面会時間も終了するので帰宅する事にした。
会社の仕事の方も、正念場を迎えており、精神的にかなり負担がかかっているが、ここで負けるわけにはいかない。合気道のほうも、文化祭での説明演武が終わるまでは責任がある。

仕事、合気道、母とずっしりと両肩に乗ってきているが、ここが本領の発揮のしどころと、どれにも一歩も引かずに頑張りぬきたい。天国の父もきっと見守ってくれていると思う。父の形見の紋付羽織を羽織って演武も頑張りたい。

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本日も、会社終業後母を見舞った。
会社の方は、非常に忙しく、残業時間に及ぶ会議を中座しての見舞いである。迷惑をお掛けする部下たちに申し訳なく思うがいかんともしがたい。後ろ髪を惹かれる思いで病院へ向かった。

家内とJR高槻駅で待合せて、自家用車で病院へ。
母は、ちょうど何かの処置中で暫く待たされた。15分ほど待ったが、なかなか処置終了の連絡が無いので病室に見に行くと、処置は終わっていた。看護師さんが連絡を失念したようだ。

栄養チューブを鼻から入れているので声が出せないのは昨日から変化は無い。
ただ、昨日まで空ろで何処を見ているのか分からなかった目が、焦点もはっきりして目やにも今日は全く出ていない。氷枕も外れており、見た目は日に日に回復しているように思える。

明日の午後から主治医の状況説明があるのでそれを待つしかないが、良い報告であればと心より思う。

病室の母を見ていると中学生の頃、原因不明で母の具合が非常に悪くなり発熱と嘔吐を繰り返した事があった。自転車の荷台に母を乗せて複数の病院に走ったが、いずれの病院でも原因が分からなかったこと。最後の最後に、ふとした母の思い付きから歯科医に行って、結局親知らずの虫歯が歯根から神経まで侵しており、それを抜いたら嘘の様に体調が回復した事を思い出した。

また、10年ほど前に仕事で新潟に出張し、取引先と食事中に母が倒れて救急車で運ばれたと連絡が入り、取引先の方から飛行機で帰れと言われたが、家内に託して翌日仕事を終えて帰宅した事等も思い出した。

今日も合気道の稽古は断念した。時間的には稽古に参加できたのだが、心がそれを許さない。心身ともに疲れも出てきている事もあり、明日以降にチャンスがあれば稽古に参加したいと思った。

家族みんなが元気でいること。それが合気道を堪能し、仕事を全うする絶対条件であることを思い知った。平和な日常に戻れることを祈って、母に手を振って病室を後にした。

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本日は、島本町立体育館の休館日でしたので合気道眞武館島本道場もお休みでした。

本日は、会社での就業中に何度か不明な電話番号から私のiPhoneへの連絡がありました。こちらからかけ直しても相手先の都合で発信専用になっており着信できませんとのアナウンス。

市外番号から高槻市からに間違いないのですが・・・・ひょっとして母の病院から?

緊急であれば何度も掛かってくるでしょうが、余りにも間隔があいております。

午前中から続いていた電話をやっと夕方に取れました。
矢張り母の病院からだったのですが、母の病状は安定しているとの事。連絡の目的は、本日から栄養点滴を鼻から胃まで入れたのだが、母が無意識に管を抜くので、食事中に管を触って気管に栄養液が入ると窒息死する為、動かせる右手に指無しのミトンを装着させて欲しいとの事で、その許諾書を書いて欲しいとの事。

また、その直後に再度連絡があり、11月2日(水)の午後一番に主治医から現在の状況について説明があるとの事。

最初は、「母が・・・」と肝を冷やした電話連絡でしたが、ほっと胸をなでおろしました。

夕方、病院に看病に行くと、件の管を鼻から入れられています。今日は一言も発しないので様態が悪くなったのかと心配しましたが、帰宅後よく考えると鼻から管を入れられていたのでしゃべられなかったのだと納得しました。また、歯科医の方からも奥歯の虫歯を抜く許諾書への署名を求められましたので署名しました。こちらは妹が本日午後に看病に来てくれて、メールで知らせていてくれたので事前に分かっておりました。妹も神戸から毎日のように来てくれてありがたいものです。美容院を経営しておりますので次は来週の月曜とのことでした。

母のこの栄養点滴の管から液体流動食と薬を投与するようですが、血管への点滴に頼っていたときよりも好転したのでしょうか?

二日の先生の説明を聞くまでは不明ですが良いようにとりあえずは解釈しておこうと思います。母にも良くなったんだと説明しておきました。頭はしっかりと状況を理解しているようです。必ず特老へ帰れると信じて行くしかなく、母にも信じてもらいたいと思います。

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本日は、島本町文化祭のリハーサルでした。

朝9時に島本町立体育館に家内と出向き、本日の夕方からの柔道場の予約を入れました。リハーサルの日と言う事で本日は武器技講習会を休止にしておりましたが、本日稽古をして置かないと来週文化祭でのぶっつけ本番になってしまう為、急遽稽古予約に来たものです。その為、文化祭の稽古は本日のリハーサルと夕方からの稽古のみです。

指定の9時半前には島本町立ふれあいセンターのケリアホールに入りました。
昨日家内が前日準備に私に代わって行ってくれておりましたので、大体の様子は分かっておりました。本物の金箔を使った金屏風が重過ぎるので舞台上のセッティングをお手伝いする事になったとの事。

ダンスや民謡などの参加者やスタッフは、女性が殆どなので力仕事に合気道眞武館は期待されているようです。

眞武館の出番前の島本高校吹奏楽部のパイプ椅子の設置と撤去、そのあとの詩吟と午後からの子供民謡、続く創作日本舞踊の3つの出し物に金屏風をセッティングします。

私自身の役割は進行スタッフで出番が来たのを3箇所の楽屋に連絡をするものですが、同時に先のセッティングのお手伝いをします。眞武館自身はソフトマットと道場旗のセッティングが有ります。

眞武館のリハーサルまで時間が有りましたが、私はスタッフの仕事が有り、事前の稽古は一番弟子K藤君が私に代わって控え室の音楽室内で六番弟子H本君と十番弟子M岡君に付けてくれました。

出演者揃っての事前稽古を殆ど行ったことが無く、あわせ稽古は一度もしておりません。まして、私の説明の内容は出たとこ勝負です。

それにも関わらず、リハーサルが終わってみると驚く位、上手く行きました。K藤君の指導がよほど上手かったのでしょう、頼りがいが有ります。後ほど模様のビデオ画像をアップしますので見てください。

リハーサル後、家内と高槻市に戻り母の見舞いに参りました。母は、今日も元気が無く、余り言葉が出ないようです。私自身の事は分かっているようですが、「又来るわな」と言う言葉に「いいよ」と応えられて病院を後にしました。

実は、リハーサル後会社で仕事をこなす予定でしたが、余りにも疲れたので帰って休みました。二時間ほど睡眠をとって、18時からの体育館での稽古に参りました。19時までの一時間近くを一人合気抜刀術の稽古を致しました。19時近くに二番弟子S木さん、その後、十番弟子M岡君、七番弟子T尾さんとそろい、演目の合気抜刀術と31式型杖の稽古をみっちりしました。リハーサルのビデオもチェックし、おかしなところは修正することにしました。弟子の皆さんには、傍らで立っているのではなく、説明の間、正座をするように変更しました。K藤君の二教の受けでは、武器わざと言う事で片手に短刀を持っていただくことにしました。

ソフトマットの敷き方も工夫し、マット敷きから説明演武、撤収までの時間を計ると19分くらい。
25分の時間を頂いているのでちょうど良い時間になるようでした。
21時までしっかり稽古をしましたのでなかなかの仕上がりになりました。参加できなかった六番弟子H本君が少し心配ですが、一番弟子K藤君は大丈夫でしょう。

さて来週はいよいよ本番です。どうなることやら・・・
いつものように、なんとかなるでしょう。

(2011年の本日までの稽古時間/稽古日数=448時間/188日)

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本日は、午前中は高槻市立芝生総合スポーツセンター体育館での、午後からは同じく高槻市立の古曽部防災公園体育館での高槻市民公開合気道教室の日でした。

午前中は、本日も朝9時に体育館に入り、一般稽古の始まる前に「合気抜刀術」の稽古を行いました。
なかなか完成度を上げることができません。島本町の文化祭での舞台発表が危ぶまれます。

午前の一般稽古に続き、本日は道着のまま一人でだったのですが、いつもの吉野家の牛丼を食して古曽部へ向かいました。古曽部では至誠館のK藤さん、高校生のK藤君、N江さん、鉄人T居さんが参加して頂けました。

準備体操の後の杖回しと杖捌きの稽古後、本日は木剣での素振りを140本行いました。

その後、木剣での相半身交差柄押さえ抜刀一教押え込み、同じ技から三教押え込みを行いました。つづいて、受けの木剣での正眼の構えからの正面打ちに対する左右への体捌きによる切り替えし面打ちをおこない、同じ理合いでの体術:相半身交差持ち二教固めからの押え込みを稽古しました。

ここから体術に移り、胸持ち二教、胸持ち二教返し技三教、胸持ち二教返し技三教への返し技と発展させました。

続いて、杖技に進み、中段の突きに対し、受けと同じ側に入って裏の四方投げを稽古し、続いて受けと逆サイドに入った場合の表の四方投げの稽古をしました。

最後に整理体操を行って、今日の午後の四時間にわたる稽古を終えました。

稽古後、高槻駅で長男夫婦と落ち合い、母の見舞いに参りました。今日も言葉は少なかったのですが、帰り際に手でバイバイと挨拶をしてくれました。見舞い後、長男夫婦と自宅で鍋を囲み、嫁が友人の結婚式で行ってきたハワイのお土産をいただきました。優しい嫁です。COACHの毛糸編みの帽子とマフラーをいただき、家内も同じくCOACHのスパンコールの入ったマイケル・ジャクソン張りの手袋とマフラーをいただきました。

さあ、明日は島本町文化祭のリハーサルです。今日は家内がリハーサル前夜の準備に朝から島本町に行ってくれていました。眞武館の道場旗も舞台に設置済みです。稽古やお弟子さん達とのあわせ稽古はまだ殆どしておらず、本番まで稽古時間も全くありません。どうなる事やら・・・・

明日の夜、体育館が空いていたので稽古をそこですることにしました。みんなの時間が空いていれば良いのですが・・・

(2011年の本日までの稽古時間/稽古日数=445時間/187日)

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今日の母は、ほとんど話をしてくれませんでした。
疲れたのか、症状が悪くなっているのか・・・

帰宅すると家内の実家の義父と義母が見舞いに来た帰りに家に来てくださっていました。義母によると叔母が午前中に母を見舞ってくださり、色々なお話をされたと電話を頂いていたとの事。義父と義母も結構色々なお話をして頂けたとの事で、今日の無言は疲れての事だったのかとホット胸をなでおろしました。

叔母も体が悪く見舞いにこれないかもしれないかもと言うお話だったのですが、従姉妹が夫婦で車で送ってくれたとの事でした。

母は昔の事ばかり覚えていて最近の事は覚えていないようでした。しかし、昔の事はしっかり話せて、「頑張ってや、ねえちゃん」との叔母の励ましに、「おまえもな・・」と逆に励まされたとの事でした。

今日はICUから一般病棟へ移れました。このまま退院の日を迎えることができれば良いのですが・・・

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本日は、母の看病と昨日ご心配をお掛けした特老にお礼と報告に参る為に会社を休ませて頂きました。

母は昨日より少し疲れが出ているようで、初めて自ら少ししんどいと語りました。それでも大丈夫やからといって気丈なところを見せてくれます。

特老の方々も大変心配してくださり、お礼と報告をさせて頂きました。

母がまた、この施設に帰って来る事が出来れば、何よりなのですが・・・