恥じるべきこと(20140917)

バイクに乗っているだけで暴走族扱いされた時期がありました。

学生時代アメリカンバイクを乗り始めると走りやではないと決めつけられました。

合気道を始めると格闘技好きの好戦的な人間と決めつける人と多く出会いました。

高級バイクに乗ると高級バイク乗りは自慢屋さんと決めつけられる。

実際は、若い頃に出会った老紳士のベンべ乗りとの短い交流で、穏やかで人間的に成長したこの人生の先輩の様に年をとって、かっこ良くベンべに跨る事に憧れて来て、人生努力してやっと今がある。家族の皆がそれを認めてくれている。

その様な人生観や思いを知りもせず、中身を見ずに外見や見かけだけのステレオタイプで一括りで評価する低俗な輩ほど、どこから来た自信なのか上から目線で他人を言われ無き差別で傷つけていることに気づかない。その様に脳天気なので始末に悪い。

そう言う輩は、自らがステレオタイプで批判されることには敏感で、例えば、バイク乗りだから暴走族と決めつけられることを嫌う。自らを顧みられてはどうだろうか?

ステレオタイプで一括りで他人を非難するほど貴方は偉いのですか?

貴方のそばの目上の方々の中に貴方が批判したグループの方が複数いることすら気づかないのですね。その方々にどの様に弁明されるのでしょうか?

貴方の仰っていることは正論の様にややもすると見えがちですが、本当に正論なのですか。

ただの思いつきで多くの人々を一括りにして上から目線で批判しているのなら非生産的な行動は慎むべきではありませんか?

一括りにされた一人一人の方々の何を貴方は知っているのですか?

批判するなら、最低でもその人が行った事実で行うべきで、ステレオタイプでくくられた方のどれだけの方が、批判された様な行動を取るのかも理論的に証明もできないのであれば、ただの差別家野郎である。

その様な差別野郎とは付き合う気がしない。親しき中にその様な人物がいるとがっかりさせられる。今後の付き合いは遠慮したい。

類は類を呼ぶと言うのも本当らしい。自らがその様な行動を取らないことを心得にし、反面教師とし、その様な関係は解消して行くことにしよう。

とくに私自身が批判された訳ではないが、これぞ義憤というものであろう。

私の最も嫌いな人間性には我慢できない。

何もわからずに他人を卑下する下品な方々、それが下品な行動だとも気付く事すらない方々とは一線をおいて、世の中には尊敬すべき方々が多くおられるのだから、その様な方々と上品に生きていこう。

ご自身に唾をはきかけられていることに気付かれる事を祈念だけはしておこう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。